タニジュン

それはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋みあわない時分であった。

当時の芝居でも草双紙でも、すべての美しい者は強者であり、醜い者は弱者であった。誰もが挙って美しいからんと努めた揚句は、天稟の体へ絵の具を注ぎ込む迄になった。芳烈な、或いは絢爛な、線と色とがその頃の人々の肌に躍った。

谷崎潤一郎「刺青」

愚という貴い徳…！